日本酒のテロワール
~地質から見た日本酒仕込み水の水質体系化の試み~

Terroir of Sake
“Attempt to systematic water analysis of Sake brewing water corresponding to geology”

久田健一郎 Ken-ichiro Hisada

日本の水の特徴

”日本の魂”から作られる日本酒は、水と米と米麹から作られています。酒造りには大量の水が必要であり、また特に仕込み水は日本酒そのものの原料水であるため、酒造りにとっての「水」の重要性はいうまでもありません。

酒造りのための水(酒造用水)には井戸水・湧水・上水道水などが使われていますが、通常の飲用水より厳しい基準が設けられています。今回のプロジェクトでは地質から見た水についての調査を行いましたので、これらの水の成り立ちについて地質を絡めてお話しします。

仕込み水として使われる水はいわゆる”淡水”です。地球は水の惑星ともいわれ、その表面の約70%は海洋に覆われていますが、ほとんどが海水で、淡水それも人が利用できる形となっている淡水(河川、湖沼、地下水等)は、地球上に存在する水のおよそ1万分の1にすぎません。

地球上の水は絶えず形(気体・液体・固体)や成分を変えて移動し続けています。海や地上の水は太陽のエネルギーによって蒸発し、上空で雲になりやがて雨や雪になって地表面に降りそそぎます。そして、それが地下にしみ込んだり地表面を流れ出て、次第に集まり川となって海に至るというような循環を繰り返しています。これを水循環といいます。地球にいつ水が誕生したのか、その起源や時期についてはまだはっきりとしたことはわかっていませんが、いずれにしても、数十憶年も地球上ではこの水循環が行われ続けているのです。

この水循環の過程で、水(H2O)に含まれる様々な微量成分が変化しますが、この成分変化の要因は主に「気候要因」、「生物的要因」、「岩石要因」の3つがあります。今回は、水と地質の関係を調べていますので、「岩石要因」による水質の違いを中心に分析を行いました。この「岩石要因」は地下の現象ですので、地下水の方が影響が大きいことが分かります。地下水を調査したいくつかの先行研究でも、地下の地質や岩石の種類によって水質が特徴づけられることが明らかとなっています。

さて、通常仕込み水として使われている水は、浅層地下水がその起源となっていることが多いのですが、その浅層地下水の水質を特徴づける要因には以下の3つがあります。

  1. 岩石と土壌 rocks and soils
  2. 滞留時間 residence time/terrain slope(gradient)
  3. 降水量 precipitation

酒造りに携わる方々が気になるであろう「硬度」は、水に含まれるカルシウムイオンとマグネシウムイオンの濃度を表しています。ミネラルウォーターなどでも日本の水はヨーロッパの水にくらべて軟らかいものが多いのですが、一つの要因として、その「地形」の違いによる滞留時間の違いが挙げられます。

図1に同じ縮尺で表した日本とヨーロッパの地図を並べてみました。これを比べると、ヨーロッパは南部にアルプス山脈など急峻な地形がありますが、北部は広い平野や台地が多いことが分かります。一方、日本は山地が国土の約70%を占めており、大きな平野がほとんどありません。そのため、地表に降り注いだ雨や雪は海に流れるまでの滞留時間が短く、イオンが溶存しずらい地形となっています。これは、図2にもある通り、日本の河川勾配が大陸の河川より急であることからも分かります。

もうひとつの違いとして「降水量」の違いが挙げられます。

世界の平均降水量の分布を見ると、ヨーロッパに比べて日本は降水量が多いことがよく分かります。そして、日本の降水量分布は北大西洋東岸に似ていることもわかります。上記の「地形」とこの「降水量」の特徴から、日本ではヨーロッパに比べて水循環が盛んであることが分かります。

また、日本国内でも季節や場所によって大きく異なります。冬季は日本海側への降雪が多く、夏季は太平洋岸での降雨が多くなります。このように地域性があるということも水に関する日本の大きな特徴です。

日本の地質の特徴

では、続いて地質と仕込み水について解説します。

スライドで紹介した地図は日本列島の地質図上に全国の酒蔵をプロットしたものです。地質図とは、地盤を構成している岩石(土壌ではない)をその岩石の種類や出来た時代によって色分けしたもので、色が濃いほど古い時代にできた岩石であることを表しています。フランスの地質学者が執筆した「テロワール 大地の歴史に刻まれたフランスワイン」という書籍にはフランスの地質図が掲載されていますが、このフランスの地質図に比べると日本の地質はバラエティに富んでおり、様相が全く異なっていることが分かります。日本とフランスでの上記のような地質の違いは、その成り立ちが全くことなることために生じたものです。

地球の地表を覆う岩盤は、プレートという複数のブロックでできているということは聞いたことがあるかと思いますが、このプレートは常に移動しており、速いところでは10cm/年以上移動しているところもあります。これは爪の伸びる速さの3倍以上ということになります。この移動の方向はプレートによってばらばらで、プレート境界では大きな力がかかっています。日本列島は4つのプレートの境界にあるためさまざまな力がかかっており、いまでも変形を続けています。

プレート境界付近での力による変形が地学現象として表れているのが地震や火山活動です。地震は圧力を加えられた岩盤が破壊するときに生ずる衝撃が地面の揺れとして伝わったものですが、プレート境界に沿って多数の地震が発生します。

海洋プレートは大陸プレートより重いため、プレート境界では海洋プレートは大陸プレートの下にもぐりこんでいきます。火山活動は、沈み込んだ海洋プレートと大陸プレートの摩擦によって生じた熱によって発生したマグマによって起こります。溶けて軽くなったマグマが上昇して、地表付近まで達して地下水と反応したり地表に噴き出した現象が噴火です。

このプレート境界を断面で見た図が図3です。この図ではマグマが深いところで固まった深成岩が形成されることが図示されていますが、このプレート境界ではその他にも様々なタイプの岩石が形成されます。

このようなプレート運動によって、長い地球の歴史の中で大陸は何度も離合集散を繰り返し、現在のようなプレート分布になっているというわけです。現在の日本列島を作っている地質は、マグマからなる火成岩(深成岩や火山岩)や境界付近の海底にたまった堆積岩や変成岩(付加体といいます)が主体となっており、過去からのプレート運動によって生み出された約5億年前からの痕跡が残っているのです。

地質から見た日本酒仕込み水の水質体系化の試み

日本列島がどのようにできたのか確認できたところで、水の話に戻りましょう。

今回のプロジェクトでは日本全国に1000以上ある酒蔵のなかで、なるべく特徴的と思われる283地点の酒蔵より仕込み水をご提供いただき水質分析を行いました。

全国網羅的な比較調査を行うために、基本的なイオン成分(陰イオン:Cl、HCO3、SO42-、NO3 の4成分 陽イオン:Mg2+、Ca2+、Na+、K+の4成分)の含有量を測定しグラフ化しました。水の分析結果の表現には「トリリニアダイアグラム」と「ヘキサダイアグラム」というグラフを使用しています。このようなグラフは普段は見慣れないものですので、まずは図(ダイアグラム)の見方と意味を解説します。

まず、「トリリニアダイアグラム」ですが、陽イオンと陰イオンのそれぞれの含有比を計算してそれぞれの三角座標図に表し、その2つの三角座標図を合成した菱形の図(キーダイアグラムといいます)にプロットして、その測定水の特徴を図示したものです。このキーダイアグラムの中のプロットされた位置で、その水がどのような起源か(環境に置かれたものか)を推測することができます。

次に「ヘキサダイアグラム」ですが、縦の軸を挟んで両側に陽イオンと陰イオンのイオン量を軸からの長さで図示したものです。このダイアグラムは、その形(各イオンの座標を結んだ六角の図形)は水の溶存イオンの組成を示し、形の大きさ(軸からの距離)は溶存イオン濃度を表現しています。

この、トリリニアダイアグラムとヘキサダイアグラムを併用して解析することによりその水の環境や性質を推定することができます。

日本列島は地質区分上、「東北日本」と「西南日本内帯」と「西南日本外帯」の大きく3つにわけることができ、各々で地質の特徴(広く分布する岩石の種類)が異なっています。そこで、283地点の測定値で地質区によって水質に違いがあるか調べてみた結果、東北日本と西南日本内帯では、その分布に違いがあることが明らかになりました(西南日本外帯はサンプル数が少ないため、残念ながら特徴を見出すことができませんでしたが)。このように詳しく調べていくと、地質(岩石)の種類によって以下のように水を特徴づけることができます。

源岩依存型:岩石要因が水質に反映していることが見てとれる
      ・ジュラ紀付加体、高P/T変成岩、花崗岩・花崗閃緑岩、火山岩、更新世石灰岩、火砕流堆積物、海成層 など

地下水流動型:岩石の影響より滞留環境による生物的影響などが強く水質に影響している
      ・河岸段丘堆積物、海岸平野堆積物、河川堆積物、山間盆地堆積物 など

この分類にそって考察すると、東北日本は地下水流動型が多く、西南日本内帯は花崗岩・花崗閃緑岩の源岩依存型が多いということが分かります。

さて、西南日本内帯に特徴的な花崗岩・花崗閃緑岩に依存した源岩依存型の地下水ですが、同じ花崗岩でもミネラル成分に富む硬水からほとんどミネラルを含まない超軟水までさまざまな水質の地下水が見られます。

硬度を決める要因はイオン成分が溶けこみやすい環境にあるかそうでないかということになります。つまり同じ花崗岩帯でも、新鮮な岩体の隙間を通った水と鉱物が分離・変化した風化帯を通った水では、そこに溶存するイオン量が変わってくることになります。

茨城県の筑波山は花崗岩でできています(山頂部はハンレイ岩という岩石です)が、この筑波山周辺の崖錐堆積物を通った水は溶存イオン量濃度が高くなることが検証されています。また花崗岩の化学的風化によるカルシウムイオンの溶出についても詳細な実験がなされており、源岩依存型の水質の影響について興味深い結果がでています。

まとめ

今回のプロジェクトにおける調査・研究結果をまとめますと以下の通りです。

  • 調査期間および調査件数などをふまえ、今回の研究では日本列島の地質と仕込み水の関係を巨視的なスタンスで検討することを主目的としました。(東北日本・西南日本内帯外帯)
  • 283水試料のトリリニアダイヤグラムによれば、東北日本は中間型~アルカリ土類炭酸塩型、西南日本内帯はアルカリ土類炭酸塩型に集中することが明らかになりました。
  • 前者は河岸段丘や海岸平野などの地下水流動型であり、後者は花崗岩類の深層風化によるカルシウムや炭酸水素イオンの溶出の影響(源岩依存型)を受けている可能性があります。
  • 花崗岩類の存在が日本列島の地質を特徴づけているので、それに関わった地下水も日本型テロワールといえるのではないかと感じられます。

あとがき

本調査では、予定されていた西南日本外帯(付加体)の地域を含めいくつかの実地調査が、残念ながら新型コロナ感染緊急事態宣言によって実施できませんでした。しかし、今回現地調査で行った「ブラタモリ風」酒蔵訪問は、新しい酒蔵観光スタイルとして有効ではないかと感じることができました。蔵の周辺や水源付近を見て回ることにより、その酒造りの歴史や成り立ちをより深く理解することができます。

本研究を通じて、日本列島の地下水、あるいは日本酒の仕込み水は、数億年間のプレート運動というダイナミックな地球の営みがつくりだしたということを広く知っていただければ幸いです。

謝辞

  • お忙しい中、仕込み水を提供いただいた全国の酒蔵の皆様に感謝の意を表します。
  • 今回の調査は、国税庁令和2年度日本産酒類のブランド化推進事業「地質に対応した日本酒仕込み水の水質分析体系化によるテロワール・ブランディング」によるものです。ここに関係当局に感謝の意を表します。

おわりに

平出淑恵 Toshie Hiraide

皆さま、本日は「日本酒のテロワール」オンラインセミナーにご参加いただき有難うございました。

 もう足掛け20年ほど日本酒の国際化の活動をしています。現在でも全部の生産量の4%程度しか輸出されていない日本酒を世界のSAKEにしていくには既に世界中に市場のあるワインビジネスのインフラに日本酒を乗せていければという事で、世界最大のワインコンペティションIWC(International Wine Challenge)のSAKE部門設立に若手の蔵元さん方と取り組んだり、海外のワインビジネスの人材育成の場が同時に日本酒を学ぶ場になればと世界最大のワイン教育機関WSET(Wine & Sprits Education Trust)にSAKEの教育プログラムの誕生を働きかけたりという事をしてきました。私自身、1992年に日本ソムリエ協会のソムリエの資格を取得してその後1997年にシニアソムリエ、そして、SakeDiploma資格を日本ソムリエ協会田崎真也会長のもと立ち上げる際は理事の一人としてお手伝いしました。ですので、ワインをバックグラウンドにもつ国内外の多くの方々が、「日本酒のテロワールは?」と思いめぐらすのは予想されました。しかしながら、ワインのテロワールを、そのまま日本酒に当てはめるのは無理があるという事も感じておりました。日本酒とワインは別のものです。

 ですが、一杯のワインに価値を感じ、その生産者や生産地に敬意を払う価値観を持つ人たちは同じような感覚をもつ人達なのです。ですので、この彼らのテロワールへの考え方に応えるような「日本酒のテロワール」をずっと探していました。そんな中で、昨年、筑波大学のシンポジウムでお会い出来たのが地質の権威、久田健一郎先生でした。先生は「ジオパークと酒蔵ツーリズム」というテーマでお話されましたが、この時に私は、「地質からの水質」という、日本酒の90%以上の成分であり、生産する際にも大量に使う、「水」を世界に通用する、しっかりとした地質という学問で、海外の地質と日本の地質を語る事の出来る久田先生という存在を知りました。

 それから1年も経たないうちに、国税庁のブランド化事業の公募が出たというわけです。
「日本酒を何とか世界のSAKEに」という人一倍おもいが強い私ですが、心がけているのは「客観性」です。この事業をきちんと世界的な地質の専門家にも通用するように調査を進めていければ、水の豊かな日本で日本酒が生まれてきた事、日本酒の蔵がそこで日本酒を造り続けてきた必然を壮大な地質の知見で、世界に発信していけます。

 残念ながら、緊急事態宣言が出てしまって当初、計画した10地域全部は訪問出来ませんでしたが、久田先生と唐田さん薮崎さんというドリームチームに同行させていただいた調査旅行は大変勉強になりました。蔵訪問なのに、蔵の中にはほとんどいないで蔵の回りばかりを歩いていました。何万年、何億年前の地質についてのお話は素晴らしいスケール感で、日本酒の別の顔を見せてくれました。
蔵元さん方が守り続けてきた日本酒のそうしたアプローチにも十分に応えられるキャパシティーの広さにも感動しました。あらためて日本酒は絶対に廃れさせてはならない日本人の宝だと感じました。この事業の現地のヒアリングの際には、自治体の皆さんにもお会いしてこの事業にご興味のあるところは、より詳しい調査を自治体主導でというご提案も致しました。今回の調査は、まさに地質関係者と日本酒業界の出会いであったと思います。まだまだ始まったばかりです。

 今後、益々、進化させていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

 最後になりましたが、この事業にご協力いただいた多くの蔵元様、この事業を形にしてくださったサケビジネススラボラトリーの高橋社長、更紗副社長、土田さんに心から感謝致します。
ありがとうございました。