1. 本調査の目的

 日本列島は、多種多様な地層や岩石からできた複雑な地質でできています。それは数億年に及ぶ日本列島形成の歴史と関係があります。日本列島は数億年前から1500万年前までアジア大陸の東の縁に大陸の一部として位置していましたが、その後大陸から離れて正真正銘の列島になりました。 

また現在の地表付近の地層や岩石の分布は、その特徴から大まかに東北日本と西南日本の二つに分けられ、西南日本はさらに日本海側と太平洋側に分けられます。地質学的には日本列島は、東北日本、西南日本内帯と外帯と呼ばれる3地帯で特徴的に異なるのです。

日本の花崗岩(御影石)の分布

ところで、酒の原材料は酒米と仕込み水ですが、言うまでもなくこれらの質の良さが基本的に酒のうまさを左右します。一般に仕込み水は井戸水などの地下水を利用しますが、その地下水は降水が地中を数日から数か月、そして数年、さらには数十年かけて流下します。その間に地下の地層や岩石の中を流れることから、地層や岩石の成分が地下水に溶け込みます。つまり、地下水の成分(水質)は、その水がどのような種類の地層や岩石の中を流れたのか、そしてどのくらいの時間をかけて流れたのかによって決まるのです。

昔から「灘の男酒、伏見の女酒」という言葉が知られてきました。これは硬水と軟水という硬度の違いが酒の個性をつくり出したことを表す言葉として有名です。灘は六甲山地を背後に抱く場所に在り、一方伏見は京都盆地の南部に位置します。そして六甲山地は御影石で知られた花崗岩(マグマがゆっくり冷えて固まった岩石)できており、伏見の周囲の山地は中・古生代の堆積岩(海底に降り積もった岩石)からできています。この「灘の男酒、伏見の女酒」は、地下水の水質を決定する地質の違いを反映している言葉でもあるのです。

以上のように、日本列島の地下水の多様性は日本列島の地質の複雑さの反映とみなすことができるでしょう。本研究では、日本列島の形成の歴史を絡めながら、地域ごとの地質と地下水の水質の関係を紐解くことを目的とします。そして、その関係を解明することで、地域ごとの水質の特徴に注目し、地酒のうまさの理由に地球科学的根拠を付与します。

  今回の研究では、北海道を除く日本列島から11地域を選定し、それぞれの地域の地下水の成分や硬度などを調査します。これらの地域は、花崗岩の分布地域、花崗岩分布地域以外の中・古生代の堆積岩地域(これを付加体と呼びます)、活火山地域などから選びました。また主要河川沿いの伏流水の水質変化の基礎資料を得るために、信濃川(千曲川)、手取川、九頭竜川も調査地域に加えました。